何もしない、を
本気で用意しました。
宮古島の南、まだ静けさが残る池間島で。ここは、何かをするための宿ではなく、ただ居るための宿です。
通い続けて、やっと言葉になったこと。
宮古島には、毎年通っていました。特別な出来事があったわけではありません。同じ場所に、何度も、繰り返し来ていた。それだけです。
年を重ねるごとに、少しずつ気づいたことがあります。自分がこの島に求めていたのは、シュノーケルでも、釣りでも、観光地を巡ることでもなかった。ただ、この空気の中に「居る」ことそのものが、都会では得られない種類の回復だったということです。
一方で、島の景色は少しずつ変わっていきました。観光地としての人気が高まるほど、かつて感じていた静けさや、誰にも急かされない時間の流れは、少しずつ削られていくように見えました。これは悪いことではありません。ただ、このまま何もしなければ、自分が繰り返し通ってきたあの感覚は、いずれどこにも残らなくなるだろうとも思いました。
ナカマグスは、その感覚を閉じ込めておく場所として作りました。何かを「する」ための宿ではなく、ここに「居る」ことを、正面から用意した宿です。
「ナカマグス」という名前について。
かつて池間島は、カツオ漁となまり節づくりで知られていました。「ナカマグス」は、その営みが集まっていた場所を指す、実在の地名です。今、私たちが宿を構えているのは、まさにそのナカマグスがあったとされる場所です。
かつてこの場所が紡いでいた生活や文化のすべてを、私たちが知っているわけではありません。それでも、この名前を継ぐことで、失われかけているものと、細くでも繋がっていたいと思いました。
ちなみに、代表の姓は「仲間」といいます。この地名との一致は、偶然です。ただ、その偶然を、ただの偶然として片付けず、名前を継ぐ理由のひとつとして受け取ることにしました。
妥協しない、という判断の積み重ね。
建物は、岐阜のoakvillageに依頼しました。もともと家具を通じて、その仕事の質を知っていたからです。せっかく作るなら、妥協のないものにしたいと思いました。
釘を使わない継手。木をくり抜いて仕込まれた、雨戸のかんぬき。目地の通り方ひとつにも、職人の判断が細部まで行き届いています。これらは、正直なところ、なくても宿としては成立する部分です。
それでも私たちは、そこにこそ手を抜きませんでした。木製の浴槽、家具、そしてティッシュ箱や食器のような小さなものまで、すべてoakvillageで揃えています。普通なら省略される部分です。本物であることから、雑味だけを取り除き、削らなくていい部分は、とことん最高級に仕立てる。この宿の建築は、その判断の積み重ねでできています。
本当のリラックスは、たぶん「する」ことの中にはありません。

旅行の予定を、分刻みで組んだ経験がある方も多いと思います。効率よく回ることが、リフレッシュだと思い込んでいる。私自身も、長くそうでした。
けれど、本当に体が緩むのは、たいてい「何もしていない時間」の方です。ナカマグスに、あえてテレビを置いていないのも、同じ理由からです。何かで埋める前提の部屋を、作りたくありませんでした。
ここに来て、何もしないでいる。その一晩が、明日からの日々を少しだけ楽にしてくれるはずだと、私たちは考えています。
池間島で、何もしない一晩を。
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